2011年5月3日火曜日

イギリス紙、「ビンラディンの遺体写真は本物ではない」

デイリーテレグラフ

イギリスの新聞、デイリーテレグラフが、国際テロ組織アルカイダの指導者であるオサマ・ビンラディンの遺体の写真は、本物ではない、と伝えました。
ファールス通信によりますと、デイリー・テレグラフは、ビンラディン容疑者の遺体の写真と、過去の彼の写真を並べて、「ビンラディンの遺体の写真は、フォトショップによって加工されており、本物ではない」としました。
この新聞は、レポートの最後に、「この写真はビンラディンが殺害されたか、されていないかの根拠にはならないどころか、ビンラディンの遺体の写真が本物ではないことを示している」と記しています。
アメリカのオバマ大統領は、1日日曜夜、アルカイダの指導者が殺害されたことを認めました。
オサマ・ビンラディンは、アフガニスタンで、アメリカの庇護を受けていましたが、何年もアメリカに貢献した数年後には、アメリカ政府の使い古された駒となり、アメリカは、彼とタリバンの指導者の殺害を口実に、アフガニスタンを占領しました。

IRIB国際放送ラジオ・パシュトゥー語

米大統領、「ビンラディン容疑者を殺害」

アルカイダの指導者オサマ・ビンラディン容疑者が、パキスタンでアメリカ軍の作戦により死亡したことが明らかになりました。
アメリカのオバマ大統領は、1日日曜、テレビで緊急演説を行い、「ビンラディン容疑者が、パキスタンで行われたアメリカ軍の作戦によって殺害された」と述べました。
IRIB国際放送ラジオ・パシュトゥー語が伝えたところによりますと、アメリカ軍は、パキスタン軍統合情報局の協力を得て、同国の首都イスラマバードから70キロ離れたところに潜伏していた、ビンラディン容疑者に対し軍事作戦を行い、この中で、ヘリコプター1機が墜落し、ビンラディン容疑者を含め21名が死亡したということです。
ビンラディン容疑者は、1998年8月7日に発生したタンザニアの首都ダルエスサラームと、ケニアの首都ナイロビにあるアメリカ大使館の爆破事件、アメリカ戦艦のUSSコールへの襲撃、2001年9月11日の同時多発テロ事件といった、世界各地でのテロ攻撃に加担した容疑でアメリカ連邦捜査局により追跡されていました。
9・11テロ事件を口実に、アメリカはアフガニスタン、そしてその後イラクを攻撃、占領しました。この2つの国への攻撃により、100万人以上の人々が命を奪われました。


反戦サイト・アンチ・ウォー
アンチ・ウォー、「ビンラディンの死亡は米政策に影響せず」

反戦サイト・アンチ・ウォーの編集長を務めるジェイソン・デイッツ氏が、「国際テロ組織アルカイダの指導者オサマ・ビンラディン氏は死亡したが、地域特にアフガニスタンでのアメリカの占領政策は全く変わらないだろう」と語りました。
デイッツ編集長は、プレスTVとのインタビューで、ビンラディン容疑者が死亡したことによる結果について、「他国におけるアメリカの現在の軍事政策のいずれも、ビンラディン容疑者の死亡を理由に早期終結には至らないだろう」と述べています。
また、「アメリカ政府は現在、ビンラディン容疑者の死亡を祝っているが、その一方でアメリカ当局は、長年にわたりビンラディン容疑者の行動はさほど重要でないとしてきた。こうした矛盾の原因は、アメリカがビンラディン容疑者を逮捕できなかったにもかかわらず、今回の勝利を誇張していることにある」としました。
デイッツ編集長によりますと、ビンラディン氏の死亡は注目に値するが、この事件をめぐる最近の政界での喧騒で、事実が変わることはない、ということです。
アメリカのオバマ大統領は、1日日曜、テレビ演説において、「国際テロ組織アルカイダの指導者ビンラディン容疑者は、アメリカ軍によって殺害された」と表明しています。


ロシアの声The voice of Russia
テロリスト№1ビンラディン ついに殲滅

 アメリカのオバマ大統領は記者達に対し直接、国際テロ組織「アルカイダ」の頭目ウサマ・ビンラディンが殲滅された事を伝えた。

 パキスタンの首都イスラマバードから約56キロ北方に位置するアボタバードで実施された特別作戦で、アメリカの特務部隊がビンラディン殲滅に要した時間は、たった40分だったが、この「テロリスト№1」といわれる人物の居場所特定までには、ほぼ10年という歳月が必要だった。

 ビンラディンは、2001年9月11日に起きたアメリカ史上最大かつ最も悲惨なテロ事件とされる、あの世界貿易センタービル爆破テロ事件の組織犯とされている。このテロ犯罪では、3千人もの人々が犠牲になった。キリスト教徒ばかりでなくイスラム教徒も含め、あまりにも多くの人々が亡くなった。そして彼は、アメリカの主要な敵とみなされるに至ったのだった。 ビンラディン狩りが始まり10年、ようやく昨年8月、米特務機関は暴徒集団の居場所を正確に突き止める事に成功し、8ヶ月間、綿密に作戦が準備された。 なお作戦命令を出したのは、オバマ大統領本人だった。

 ロシアの特務諸機関の代表者達は、ビンラディン殲滅について「人類に対する恐ろしい悪事を行ったテロリストは必ず報いを受ける事を証拠立てる画期的な出来事」と呼んだ。アメリカ人が9・11事件を決して許さないように、ロシア人はブジョンノフスクやピェルヴォマイスコエ、ベスランそしてモスクワで起きたテロ事件の数々を決して忘れはしない。 ロシアの特務部隊も、テロ集団の頭目を殲滅した急襲作戦の経験を持っている。ジョハル・ドゥダーエフ自称チェチェン大統領や、その血塗られた後継者であるアスラン・マスハドフが、どうなったかを思い出せば十分だろう。 それゆえ、グローバル・テロリズムとの戦いにおける国際協力拡大に向けたクレムリン報道部のアピールは当然と言える。

 ロシア議会下院・安全委員会のメンバー、ミハイル・スタルシノフ議員は、我々のインタビューに対し「ビンラディン殺害は、世界共同体全体の勝利だ」と評価し次のように続けた―

  「この例を手本にする価値がある。なぜなら、テロ組織のもとでコーディネーターや思想的扇動者が少なくなればなるほど、彼らが社会に与える脅威もしかるべく少なくなるからだ。」

 その一方で専門家達は、ビンラディンの信奉者らが復讐を試みる可能性もあると見ている。アメリカ国務省はすでに国外に居住する米国市民に対し、自分の身の安全に気をつけるよう警告を出している。モスクワを含め、各国にある米国大使館の警備も強化された。

 ロシア議会下院安全委員会のウラジーミル・ワシリエフ委員長も「テロリズムの拡大もあり得る」と捉えている。 また委員長は「ビンラディンの殲滅に成功した事は、素晴らしいが、他の面も見なければならない。テロリストのみならず非常に多くの人々が、ビンラディンに共感を抱いていた。リビアでは、内戦を背景に、過激派が急激に力を持つ可能性もある」」と指摘している。

 なおロシア議会上院・国際問題委員会のミハイル・マルゲロフ委員長は「『アルカイダ』にはすぐにまた、新しいリーダーが現れるだろう」と注意を呼びかけた。 マルゲロフ委員長の、そうした指摘は正しいだろう。なぜなら「アルカイダ」の№2、アイマン・アズ-ザワヒリはまだ生きているからだ。 とはいえ、テロリスト№1と言われたビンラディンが殲滅されたという事実は、疑いなく大きい。 なぜなら、彼こそ21世紀のペストと言われるテロリズムの、まさに世界的シンボルだったからである。



 アメリカには大変お世話になったしかしそれとこれは違うのである、デイリー・テレグラフが言うように遺体の写真が違う点、10年間放ったらかしで何故今なのか?、米軍が撤退する時期にやり遂げたかったのだろうか、10年前の映像を察するところ大方の人は既に死んでいるのではないかと、しかし生き長らえる事によって双方のメリットがあるとは考えられないだろうか?
今まで散々アメリカのしょうもない歴史が語っているではないか、さて次の標的は何処になるのだろうか?




フィリピンで、米軍事基地を再設置


フィリピンの首都マニラで発行されるいくつかの新聞が、フィリピンで、再びアメリカの軍事基地が設置されることを明らかにしました。
これらの新聞は30日土曜、アメリカの軍事基地の設置は、フィリピン人にとって大きな危険となるとしました。
これらの新聞の記者らは、フィリピン諸島で再びアメリカの軍事基地が設置されることは、同国で激しい反米デモを引き起こすだろうと考えています。
最近、アメリカの上院議員ダニエル・イノウエ氏及びタッド・コックラン氏の両氏が、フィリピンにあるアメリカの元軍事基地の1つを視察したことから、アメリカが、フィリピンで、再び自国の軍事施設を強化する意向がある可能性が高まっています。
日本で発生した悲惨な津波の後、フィリピンに軍事基地を設置しようとするアメリカの意向が高まっているとされています。
しかし、日本で発生した津波により、グアム米海軍基地の建設が遅れ、それが原因でアメリカはフィリピンに軍事施設を設置しようとしていま


タイ、ビンラディン容疑者殺害で米大使館など警備強化 路上検問も

国際テロ組織アルカイダ指導者のウサマ・ビンラディン容疑者が米軍に殺害されたことを受け、タイ当局はイスラム過激派による報復を警戒し、バンコクの米国大使館(ウィタユ通り)や外交官の住居、米国企業などの警備を強化する。大使館周辺では路上検問も実施する方針。



タイ・カンボジア武力衝突 数十人死傷、10万人避難


今年2月に国境で武力衝突したタイとカンボジアが4月下旬から再度交戦し、双方で兵士ら数十人が死傷、周辺住民約10万人が避難した。両国の衝突は国境未画定地域の領有権争いが原因とされるが、背景にはタイ国内のタクシン元首相派と反タクシン派の政治抗争があるという見方もある。

 両軍は4月22日早朝、タイ東北部スリン県の国境で戦闘を開始。その後、タイ東北部ブリラム県、シーサケート県などの国境に戦線が拡大した。周辺の民家も砲撃を受け、5月1日までの死者はカンボジア兵9人、タイ兵7人、タイ側住民1人の計17人に上る。両軍の現地司令官は4月28日に口頭で停戦に合意したが、その後も戦闘が散発した。

 タイ、カンボジア両国が加盟する東南アジア諸国連合(ASEAN)は議長国インドネシアが中心となり、調停を図っている。国連の潘基文(パン・ギムン)事務総長、クリントン米国務長官らも停戦を呼びかけた。タイのプラウィット国防相は4月27日から、カンボジアに強い影響力を持つ中国を訪れ、仲介を求めた。

 一方カンボジアは4月29日、両国の国境未画定地域近くにあるヒンドゥー寺院遺跡プレアビヒアをカンボジア領とした1962年の国際司法裁判所の判決について、国際司法裁に判決の解釈を求めた。判決はプレアビヒアがカンボジア領内にあると認めたものの、周辺地域については判断を示さず、タイとの領有権争いが続く原因となった。タイは外国人の法律専門家を雇い、カンボジアと国際司法裁で争う姿勢をみせている。

 プレアビヒアはカンボジアのクメール王国が9―11世紀に建立したヒンドゥー寺院遺跡で、タイ・カンボジア国境地帯のがけの上にある。2008年に国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産に登録されたが、タイはこれを不服とし、同年以降、遺跡周辺で度々、両国軍が小規模な武力衝突を繰り返した。

 タイとカンボジアは今年2月にもプレアビヒア周辺などで交戦し、双方で民間人を含め数十人が死傷した。両国は2月下旬にジャカルタで開かれた緊急非公式外相会議で、戦闘地域へのインドネシアの停戦監視団の受け入れとインドネシアによる事実上の調停に合意したが、タイ政府と距離を置くタイ軍が停戦監視団の受け入れを拒否し、事態がこう着していた。

 2月と今回の武力衝突はいずれもタイ国内で軍事クーデターのうわさが浮上した際に発生した。タイの民主党連立政権は5月に下院を解散、6、7月に総選挙を行う方針だが、反タイ王室色の強いタクシン派野党の政権復帰や民主主義の定着を懸念する反タクシン派の特権階級がタイ軍の一部を動かしクーデターに踏み切るといううわさが4月中旬になり再度強まった。カンボジアとの武力衝突はこうした状況の中、起きており、タイ軍が戦闘による選挙の先送りやタイ王室を中心とする愛国心の発揚を狙ったという見方がある。実際、タイ国内ではカンボジアとの戦闘の前後から、不敬罪によるタクシン派弾圧が強まっている。

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