2011年2月10日木曜日

ゴロツキ国家の行方

ロシアの声から

クリールに対するロシアの主権にいかなる見直しもない

 7日に開かれた北方領土返還要求全国大会で菅直人首相は、昨年11月のメドヴェージェフ大統領の南クリール訪問について「許しがたい暴挙だ」と発言したが、これにより、10日から始まる前原誠司外相のモスクワ訪問にとって、望ましくない状況が生まれてしまった。

 ロシア指導部は、こうした首相の発言に強く反発し、自らの立場を改めて繰り返している。セルゲイ・プリホチコ大統領補佐官は、クリールに対するロシアの主権について「今日も明日も、いかなる再検討の余地もない。必要とあれば、大統領は今後も、この地域への実務訪問を続けるだろう」と言明した。

 またロシア政府は「北方領土」の日だった7日、極右団体の一つが、東京のロシア大使館前でロシア国旗を侮辱した事件に激しく反応した。民族主義者らは、引き裂かれ落書きされた国旗を引きずり大使館に向かって行進した。

 これに関して、セルゲイ・ラヴロフ外相は8日、記者会見で次のように述べている―

 「我々は抗議するばかりでなく、ロシア国旗を侮辱した罪で彼らを刑事告発するよう日本当局に要請した。日本の法律によれば、外国のシンボルを汚すような行為を禁止する条項があると聞いている。又日本政府が、所謂『北方領土返還』活動をしている非政府系組織を財政援助しているだけでなく、次年度の支援額を増やした事、とりわけロシア政府が日本政府との対話と協力の用意を明らかにしている時に、そうした決定を下した事は残念だ。

 我々は以前同様、ロシア連邦のこの地域の具体的プロジェクト実現において、隣国である日本と最も密接な形で協力していく用意があるし、メドヴェージェフ大統領が横浜で菅首相に述べたようなアプローチに立って、平和条約締結問題を含め、他のあらゆる問題に関して、日本との全面的協力及び対話を続けてゆく用意がある。ただもちろん、そうした対話は、第二次世界大戦の結果を無条件で認めることを基盤に行われる必要がある。」

 ロシアは、良識の上に立って、過剰な感情を交えず冷静に、焦眉の諸問題の数々を日本側と話し合う考えだ。10日には前原外相が、モスクワを訪問する。日本側が、ロシアからのシグナルにどのように応えるか、注意して見守りたい。

 

ロシアはクリールの戦略的プレゼンスを強化する


 「ロシアは、クリールの島々における戦略的プレゼンス強化のためあらゆる努力を傾けるだろう。ロシアにとって不可分の一部である、これらの島々の安全を守るため、軍人達には、現代に見合った武器が保障されなければならない。」

 9日メドヴェージェフ大統領は、アナトリイ・セルジュコフ国防相と会談した際、このように述べた。大統領は又、クリールについて「ロシアの切っても切り離せない一部であり、戦略的意義を持った地域だ」と断言し、次のように強調した―

  「クリールに投資家たちを『引っ張ってくる』必要がある。彼らのために、追加的な経済的特典を作り出す事を考えなくてはならない。この事について私は、この特典を利用できる我々の隣国を含めて、皆に言ってきた。そうした協力を自分にとって侮辱的だとはみなさないような国々が、協同行動に招待される。」


 嘗てハバロフスクのサウナの用心棒をしていた元択捉島在住のスペツナズが言っていた、「冬の千島列島は人間の住めるような所ではないよ」、又ロシア人はよっぽどのことでもない限そんな所には移住しない、何時もの如く北朝鮮の住民や支那人をあそこに移住させるつもりでいるのか?



元防衛大学教授でバイクでシベリア横断をしたロシア専門家瀧澤一郎氏がこんな事を言っている

「週刊新潮」平成23年2月10日号

「男性寿命は『59歳』という『ロシア』亡国の未来図」

 ロシアの人口は、2010年の段階で1億4180万人で、この20年間で600万人も激減したそうです。これは世界でも例を見ない速度で、その原因について、あるシンクタンクの研究員は次のように述べています。

「貧困化と死亡率増大(人口減少)は相関しない。問題はむしろ、アルコールや麻薬にある。世界の最貧困諸国は酒を買えないほど貧しいから、アルコール中毒者は少ない。しかし、ロシアはそこまで貧しくない。」

 ロシア人が酒飲みなのは有名です。それが人口減少の一因となっているというのです。1989年に64・21歳だった男性の平均寿命は、93年には58・ 91歳にまで落ち、今も回復できていないそうです。元々低かった平均寿命が一段と下がってしまったわけです。アルコール中毒と人口減少の因果関係について、先の研究員はこう説明しています。

 「85年から時のソ連共産党書記長ゴルバチョフが3年間実施した「反アルコール運動」でアルコール消費量が27%減少しました。その結果、男性の死亡率が12%も減少し、女性も7%減少。死因がアルコール中毒と判明している死亡者は56%も減少したのです。」

 ロシア人は死ぬほど酒を飲むということでしょう。その大きな理由として、寒さが挙げられます。出掛ける前にウォトカを引っかけて体を温め、職場に着いたらそこでまた一杯飲んで仕事に取りかかります。これでは効率など上がるはずがありません。

 かつてエリツィン大統領が訪米してカリフォルニアワインを飲んだとき、「これは水か?」と尋ねたという有名な話があります。飲んべえのロシア人にとって、ワインなど酒ではないのです。

  1991年8月19日に、ゴルバチョフ大統領は、「国家非常事態委員会」を名のる守旧派が起こしたクーデターによって、妻とともにクリミア半島フォロスの大統領別荘に軟禁されました。「8月クーデター」と呼ばれますが、3日後にクーデターの首謀者らは呆気なく逮捕されました。そのとき彼らはへべれけに酔っぱらっていたそうです。クーデター成功を祝っていたのかも知れませんが、余りのだらしなさに世界中の人が呆れ返りました。

 それならアルコール対策をして酒を飲ませなければよいのですが、あるロシアの政府高官によると、酒造業者からクレムリンに莫大な献金がなされているそうです。だからそのまま放置されているのです。こんな体たらくですから、ロシア人から酒を取り上げることはできそうもありません。

 ロシアの人口激減のもう一つの原因は、麻薬です。この国では、世界で生産されるヘロインの20%に当る200トンが1年で消費されているそうです。麻薬漬けの状態なわけです。あるロシアの警察関係者は、こう慨嘆しています。

 「現在の麻薬常用者は、政府の公式統計で500万人を突破しており、これはソ連時代を遥かに上回っています。しかも、このうち麻薬の過剰摂取で毎年10万人が死んでいます。その大半が、生殖可能な年齢層。ロシアでは、麻薬常用者は平均7年以内に死亡する。加えて、麻薬常用者も多数含まれるエイズ患者は 600万人。麻薬による精神疾患患者も600万人にのぼるのです。」

酷い状態で、18歳以下の子供3100万人のうち、3分の1に当る1000万人が麻薬常習者という情報も記されています。
 ロシア人ジャーナリストによると、自殺率のランキングで世界4位までは旧ソ連圏で占められているそうです。ロシア人の自殺率も高く、やはり厭世的な傾向が見られます。日本の自殺率は6位ですから、この点では人のことは言えませんが、我国で年間3万人を超える自殺者を出すようになったのは小泉政権が誕生してからのことで、死神政権だったと言ってよいでしょう。

 ロシア人は、酒と麻薬に走ってボロボロになり、自殺するパターンが多いようです。気の毒ですが放っておけばロシアは日本に助けを求めてくるはずで、北方領土も返ってくるとまとめられている。



 ロシア人気質として、酒や麻薬をやり始めたら死ぬまでやり続けるというところはありますね、所謂猿状態ですね、乞食だろうが何だろうがロシア人はプライドが高い上恥ということを知りませんので、日本人に対してなんでも言うてくる訳ですね、前原外相が今日からロシアを訪問するわけですがクレムリンで自爆テロをするくらいの覚悟がないと言い様に遣り込められることでしょう。



タイ外相がロシア批判、中国けん制 カンボジアとの武力衝突で

タイ・カンボジア国境係争地域で発生した両国軍の武力衝突について、タイ外務省は9日、同国のカシット外相が週末に渡米し、14日にニューヨークの国連本部で開かれる安全保障理事会の会合で状況説明を行うことを明らかにした。現地でカンボジアのホー・ナムホン副首相兼外相との会談も予定している。

 今回の紛争で、カンボジアは当初から安保理や東南アジア諸国連合(ASEAN)に調停・介入を要請してきた。タイはあくまで2国間協議による解決を主張したが、安保理出席でカンボジアの土俵に引きずり出された形だ。タイ外務省は「会合に出席したからといって、安保理が調停・介入するわけではない」と主張している。

 訪米を控えたカシット外相は9日、タイ上院外交委員会主催のセミナーで演説し、カンボジアと安保常任理事国のロシアを批判した。外相は自国を「大人」、カンボジアを「やんちゃ坊主」と評し、「(カンボジアの)フン・セン首相はカオプラウィハーン(係争地域にある世界遺産のヒンドゥー寺院遺跡プレアビヒアのタイ側呼称)と周辺の土地が欲しいのだ」「養育係のロシア、インド、フランスなどが助けてくれると信じて戦闘を仕かけた」などと述べた。また、「カンボジアの兵器は米国、中国、ロシア、ブルガリア製」と指摘した上で、「タイはロシア製の兵器を購入しないので、ロシアとの関係はよくない」「ロシアは非常に身勝手だ」などとロシアを批判した。中国についても、「カンボジアは中国製の兵器をただで入手している」とけん制した。

 一方、国連教育科学文化機関(ユネスコ)はタイ軍の銃弾、砲弾で被害を受けたとされるプレアビヒアに近く調査団を送り、被害状況を調査する方針を明らかにした。タイ政府はユネスコに対し、「調査団の派遣は問題を複雑化させる」として反対の意向を示し、強行する場合は事前にタイ政府の許可を得る必要があると警告した。

 プレアビヒアは国境係争地域のがけの上にあり、両国が領有権を争った末、1962年に国際司法裁判所がカンボジア領とする判決を下した。2008年にはカンボジアの世界遺産に登録されたが、以来、これを不服とするタイとカンボジアが小規模な武力衝突を繰り返し、双方の兵士数人が死亡した。

 今回は4―7日にかけ、両国軍が銃撃、砲撃を交わし、少なくともタイ側で3人、カンボジア側で5人が死亡、双方に数十人の負傷者が出た。民家が砲撃を受け、周辺の住民1万人以上が避難するなど、2008年以降で最も大規模な武力衝突となった。フン・セン首相は「タイはクラスター爆弾を使った。これは武力衝突とは言えない。戦争だ」と強い調子でタイを非難している。


コラム:ムバーラクは栄誉ある退陣に値しない

2011年02月08日付 al-Quds al-Arabi紙

現政権の存続をのぞみ、民衆革命を挫折させたがっている人々の言い分として、1973年の10月戦争で空軍指揮官の一人であったムバーラク大統領には「ふさわしい形で」政権から退陣してもらわねば、というのがある。ふさわしい形とは、次期大統領選挙がある次の9月まで任期をつとめて、という意味だ。次期選挙ではムバーラク氏もその子息も立候補しないとされる。

10月戦争の英雄のひとりとしてのムバーラク氏には、その当時その肩書において敬意を払うことに異論はないが、共和国大統領として、法に照らせば数々の容疑を構成する過ちを犯した人物については話が違う。

イスラエルに世界市場の半値以下でガスを売り、イスラエルの防護壁の番兵と化し、庇護を求めるアフリカの人々に銃を向け、国内を跋扈する諜報網がエジプトを締め付けナイルの水を横流しするのを見過ごした。これら全てが、10月戦争での名声を帳消しにし、エジプトの国としての安全保障をないがしろにした責任問題の前に大統領を立たせることになる。

ガザ戦争、イスラエルによる南レバノン攻撃、パレスチナ封鎖のための鋼鉄の壁設置などにおけるエジプトの沈黙政策については、ここでは問わない。これらは周知の事実で説明の必要が無いからだ。しかし、エジプトとその国民が30年のムバーラク政権により被ったダメージは見過ごし難い。

大統領は国民を飢えさせ、その尊厳をふみにじり、マフィア実業家集団を放って国民の血肉をむさぼらせ、強権的抑圧機関を用いて人々を弾圧し、腐敗国家の中にさらに腐敗した国を築いた。

大統領は与党国民民主党に手を入れ、検事総長が閣僚や実業家らを公金横領で起訴したが、30年間それらの犯罪者をエジプト国民の前でのさばらせていたのは誰だろうか。彼らをしかるべき地位に付け、国庫を開いて見せ好きなだけ強奪させた張本人に敬意を払えるだろうか。

大統領には相応しい退路が必要だと言う人々は、イタリアへ出国の前アレクサンドリア港の警護された船上で公式に見送られたファールーク国王の例になぞらえているようだ。

ファールーク国王の治世には様々な留保が付くが、彼はとにかく民主体制を樹立し、国会選挙には介入せず憲法に則した政治的多様性を尊重した。彼はアラブ民族主義者ではなく、エジプトの独立は大英帝国によって枷がはめられていたが、1948年のパレスチナ戦争に参戦した。

ファールーク国王も汚職に手を染めていたが、ムバーラク政権のそれに比べれば小規模である。エジプトを後にした同国王が住んだカプリ島の小さなホテルを訪ねて愕然としたことがある。彼は数十億はおろか数百万も所有しておらず、その家族はサウジ国王の慈善金で生活していたのである。

ムバーラク大統領とその一族もサウジへ逃れるかもしれないが、四百億ドル以上あれば王家の慈善は不要である。エジプト国民の汗と労働から絞り取った金だ。そして、国民の退去要請に耳を傾け、とりあえず殺人は犯さなかった国王と、国民を殺すべく用心棒を差し向けた大統領では比較にならない。

国民の意思を尊重して退陣を決意した元首の例をあげてみよう。ナチスからフランスを解放したドゴール将軍と、第二次大戦で連合側を勝利に導いたチャーチル英首相がいいだろう。1960年代、フランスの若者たちがドゴール辞任を求めた時、この歴史的英雄は、それを容れ政界からの引退を決意した。戦後の復興が始まると、チャーチルは民意に逆らう事はしなかった。国民が、次の選挙で彼やその党を選ばなかったからといって、治安部隊を差し向けたりはしなかった。

ジャック・シラクも、アラブの為政者たちにしてみればほんのささいな、バクシーシ程度の金銭的過ちを犯したとして法廷へ送られている。国民が尊重され憲法が適用される国では、法は法なのである。

政権とその関係者が犯した過ちの全責任はムバーラク大統領が負うべきである。数人を起訴し、一方で彼らの頭目には敬意を払い安全な退場を許すというのは、正義ではない。

祖国防衛に身を挺した軍人には敬意が払われ特権が許されるべきという人びとがいる。サダト大統領は真の10月戦争の英雄であった。しかし、その名声にふさわしい退陣を果たしたとはいえない。キャンプデービッド調印の代償を自身の生命であがなうこととなったのだ。ムバーラク大統領は、その合意を完全に履行、適用を更に拡大し、アメリカの好意を得るべくイスラエルとなれあった。

イスラエルがムバーラク政権に同情的で存続を望むのも無理はない。イスラエルは後継者としてスライマーン少将を推奨していたとのウィキリークス文書が出たが、彼らはエジプト国民の安全や利益ではなく自国のそれを最優先させているのだから、当然だ。

スライマーンが冷戦期かそれ以前に設立された野党代表らと行っている一連の交渉は、既に頓挫した。この交渉に対する真の回答は、昨日タハリール広場とエジプト各都市の広場で出た。そこにあふれかえる人々は、大統領退陣だけではなく政権打倒とその幹部らの裁判を新たに要請している。

相応に扱われてしかるべきはエジプト国民の方だ。中東を変え、アラブ・イスラーム共同体に輝きと力を取り戻させる偉大な革命にふさわしい栄誉を彼らに。エジプト国民と若きその指導者たち、殉教者たちに祝福を。

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(翻訳者:十倉桐子)

2 件のコメント:

副長 さんのコメント...

2011年02月08日付 al-Quds al-Arabi紙のコラムの文体や文章は素晴らしいが、内容が偏見や作為的に感じる。

Unknown さんのコメント...

この新聞社はイギリスのアラブ系新聞社です。
やはり随所にそのような所が見えますね。