2010年9月20日月曜日

日本にはまともな外交官はいるのか

世界トラサミット開催が11月に

ロシアで開催される予定の「世界トラサミット(World Tiger Summit)」が、当初予定されていた9月14~17日から11月25~27日に開催日程が変更になったという知らせが、先週、ロシア・モスクワから入りました。
トラサミットとは?

「世界トラサミット」は、世界のトラ生息国13カ国の首脳が集まってトラの保護について議論するもので、ロシア政府がホストとなって開かれます。

19世紀の初めにはトルコからオホーツク海までのアジア全域に9亜種10万頭が生息していたトラは、わずか100年で6亜種3,500頭にまで減り、今後も今のままでいけば絶滅してしまうという予想があるほどです。トラサミットでは、次の寅年である2022年までに、3,500頭まで減ってしまったトラの数を倍増しようという野心的な目標を達成するためのトラが生息する各国での実行計画が話し合われます。

ロシアに生息する世界最大のトラであるアムールトラは、他のトラとは状況が少し異なり、ここ30年間の生息数の推移をみると(1995年頃に250 頭前後まで減少したが、近年では500頭前後まで回復)、唯一増加傾向を示しているといわれています。20世紀後半から行われているトラ保護政策の成果を示すものとして、他の国にとってロシアの経験は参考になるでしょう。

(坂本有希/タイガの森フォーラム事務局)


日本にはまともな外交官はいるのか、いろんな意見はあろうが戦前には此の様な毅然とした外交官がいた、何だ今の外務省政治家の子供外交官ぶりは。

一九三二年十二月八日の臨時総会に於ける松岡全権の演説

 議長閣下並に紳士諸君──
 一昨日以来為された各位の御演説を、余は頗る緊張した気持で拝聴したのである。御演説に対して必要と感ずる意見を申上げることは一切、今後の機会までこれを留保することゝし、今は反駮がましいことは申さない。然し乍ら各代表の多くの演説中すべて偏見と認めらるゝ節に就ては、余は一々指摘して行こうと思う。誠に不公正と思われるのは、調査団の報告書をば文章の前後の関係も考えずにバラバラに切り取って引用されたり、或いは余の演説や日本政府の意見書からは極く少部分だけの乱暴な引用を試みられたリした點である。而も斯かる引用が屡々議論の根拠を形成し、以て余に対する、又日本に対する攻撃の材料とされ、妥当ならざる結論を其処から引き出すことを常とした。斯かる断片的独断的引用は、文章全体の意味を人に謬らすこと甚だしいと言わねばならぬ。之れは全く不公正なことで、諸君の何人と雖も、之を不公正とするには御異議ないところと信ずる。
 一例を挙ぐれば、演説者の多くが、調査団の報告書中、九月十八日夜に於ける日本軍の行動に関して記述された次の如き一節のみ何故か引用したがることで、之れは余の諒解に苦しむところである。
『同夜ニ於ケル如上日本軍ノ軍事行動ハ正当ナル自衛手段ト認ムルコトヲ得ズ』
右は各代表に依って引用された文句であるが、この文句に続く同じ一節中の残りの部分に就ては、余の記憶する限りでは僅か一ニの代表が言及されたのみで、大抵の人は之を黙殺して居られた。その残りの部分というのは次の如き一節である。
『尤モ之ニ依リ調査団ハ現地ニアリタル日本将校ガ自衛ノ為メ行動ヲシツヽアリト信ジツヽアリタルベシトノ仮説ヲ排除セントスルモノニハ非ズ』
余の関知するところが正しいとすれば、調査委員諸氏の間には、右の二節に関しては非常に議論の沸騰を見たそうである。ニ三の委員は右の第ニ節に依って條件づけられない限り、第一節は受託し得ずと主張された由聞いて居る。若し諸君が此點に就き証拠を出せと言わるゝなら、余は本総会に対して調査団を招致せられたいと提議してもよいのである。之れ、余が偏頗な演説がなされたとなす一例である。
 次に、余の演説の或部分が如何に誤って引用されたかを示す一例として、その令名は我が日本にも聞え尊敬されて居る、希臘代表の御演説を茲に拝借しよう。茲に速記録についてはっきりお示ししても宜しいが、そうするまでもなく、希臘代表は自衛権の問題に関して、日本より証拠を示さない限り、調査団報告書中の断定は動かせないものだと確かに申された。然し、それは恰も先ず罪を被せて置きながら被告に無罪を立証しろと言うもので、何処の国だってそんな立証義務の法則はあるまいと思う。否我が日本には絶対にそんな法則は無い。

 且つこの国際聯盟に於て、斯かる立証義務の法則が流行って居るものとは信ぜられぬところである。

 余が、大体的に不公正であるとみなした事実に就いては、以上の二つの例によって充分お判りになったことゝ思う。
 本日の支那代表の演説に対しては、余は、特に発言を留保したい。今はその詳細について言及することを避けるが、唯その中の一ニの點について申上げることを許して頂きたい。支那代表はその演説中で、日本が財政経済上苦境に在ることを力説された。この観方に対しては余は今敢えて抗議しようとはしない。ある點までは余もそれを認める。憚り乍ら日本も亦、現下世界恐慌に悩まされつゝあるところの列強の間に伍して居るものである。財政経済に於て列強の経済体系外にある──蓋しそれは今日世界に於ける唯一の例外であろう──と、支那代表が主張されるその支那こそは誠に羨ましい次第であって、余は代表にお祝いを申上げて置く。
 次に、支那代表は日本の軍閥に関して言って居られた。それを言われたのは顔博士(顔恵慶)だったか、顧博士(顧維鈞)だったか、又総会であったか、理事会以外であったか忘れたが、それは何れでも、ともかく、日本には幾つかの軍閥があって、現在の日本はその軍閥の拇指(支配)下に在ると申された。だが一言にして申せば、

 日本には今日、軍閥だとか軍権階級だとかいうものは絶対に存在しないのである。

 成程日本にはカーキ色の制服を着けサーベルを吊した日本人が居る。だが日本ばかりでなく、何処の国だって大体似たり寄ったりの服装をした人間が居るではないか。之等軍人は決して特別な階級、特別な閥族から出ているわけではない。例えば支那代表が度々引例した田中大将の如きでも、日本の非常に貧困な家庭から生れた人である。彼の父親は息子達と一しょに傘を張って漸く細い煙を立てゝいたのだった。日本の偉大な政治家の一人として我々の敬愛する田中大将は、実に父親の作ったその傘を村々に売りに持ち歩いていたものであった。日本で有名な将軍や提督が、かゝる貧家から輩出した実例は無数に挙げることが出来る。今日日本に陸海軍の将校を特に世襲とする閥族は無いのである。支那代表は日本の支配者として荒木中将を引合いに出したが、恐らく支那代表は、日本には、畏くも名実共に我々の支配者として仰ぎ奉る 天皇陛下が在しまし、而してその下に総理大臣と、その他の各国務大臣が在って、

 荒木中将は、単にその内の陸軍大臣であるに過ぎないということを忘れているのではないかと思う。

 思うに、支那代表をも含めて各代表の演説中に挙げられた諸點に就ては、その全部と言えぬまでも、大部分は、既に答えられているところであって、この點諸君は我々の意見書並に声明書を充分御研究あって欲しいものである。
 さて、次に余は一九ニ七年に於ける英国の行動に就て簡単に申上げたい。支那代表は当時の英国の行動と、昨年春の上海に於ける、又昨年秋以来滿洲に於ける日本の行動との相違に就て注意を求めた。だが、その相違すると認め得るたった一つの點は、嘗ても指摘した通り、英国の場合は支那へ向けて外から軍隊を送ったものであるに対し、日本の場合は、上海に現に海軍守備隊を有していたのであって、陸軍を送ったのは相当後のことである。滿洲の場合に関しては、之も前に余が指摘した通り、日本軍隊は、日本臣民の生命財産を保護する為に、條約にもとづいて駐屯して居るのであって、滿洲には、当時も、今日も、無慮一百万以上の日本臣民が居留して居るのである。米国はその国民の生命財産を保護するために、ニカラグアにその軍隊を派遣して居るではないか。そこには僅か六七百名の米国人を保護するために、確か約七千の軍隊を送っていると記憶する。この標準から言えば、日本は滿洲に一千万以上という莫大な数の軍隊を送る必要があると言えよう。といっても日本は一千万などという軍隊は持っていない。
 次のお話しを申上げれば、たぶん余の考えを一層はっきりさせることが出来ようと思う。先ずこの方面から議論を進めて行こう──即ち茲に特に一九ニ七年に於ける英国の行動に就て言えば、英国は元来支那に於て條約上の権益を有して居たが、その権益が侵されんとする危険を感じたので、英国政府は、場合に依ってはこの極東の悪童を打擲するつもりで軍隊を送り出したのだった。ところが余が曩に指摘したように、蒋介石は逸速く降参したので、英国は火蓋を切る破目に陥らずに済んだのである。之に反し日本の場合は、滿洲では我々の軍隊は既に前から駐屯して居た。恰度隣の家で我々を招待して置きながら、何だ彼だと我々を罵り始め、剰え、ありと凡ゆる手段で打擲らんとし始めた。我々は耐え忍んだ。おしなべて日本人は、普通西洋人よりはずっと忍耐強く出来ている。だがとうとう終いには、我々は我々自身を忘れる程になって、隣の人を打った。ところでその隣のお方は早速ジュネーヴに駈けつけて、日本人が彼の家に侵入して来て、何の理由もなく彼を擲ったと訴えている。

 或者の愚挙と敵意ある行動とから重大な結果となったにも拘らず、その或者を保護してやろうとするのは、果してひとり隣邦の権益の為のみならず、世界の平和の為に、為すべき聯盟の義務であるだろうか?

 令名ある英国の代表が昨日、調査団報告書は全部を一体として受諾することは我々の何人にも出来ないことだ、というようなことを申されたが、誠に至当な言である。之は云われた言葉通りの引用ではないが、そういう意味を述べられた。その言葉をほんの一寸ばかり訂正することを許して貰えようか。なるほど調査団報告書中には、或る人々が力説せられたように、全委員の一致した一定の精神が看取出来るが、然しそれは『不一致裡の一致』とも言うべきものである、と申された。更に余をして之を言い換えしむるならば、言わば、

 『一致した不一致』とも言うべきものではないか。

 若し茲に公平な人があって、報告書を一節一節熟読玩味するの煩を厭わないとしたら、我々が従来再三再四指摘したように、各句節と句節との間に、中には全く対立したものがあることに気がつくであろう。余は茲で調査委員諸氏を批難しようとするものでは決してない。否反対に、報告書を斯くも良心的に完成して下すった諸氏の誠実と心労とを賞揚するものである。とはいえ、五人の委員を以てするのであるから、報告書中に斯の如く意見の一致せぬ點を見出すことは極めて自然なことである。若し其処に不一致の點が見当たらなかったとしたら、それこそ寧ろ奇蹟であろう。其処に『不一致裡の一致』若しくは『一致した不一致』が存するというこの事実こそは、とりも直さず之等尊敬する委員諸氏が、良心に忠実で真面目だった証拠なのだ。とにかく其処には対立した點、不一致の點が相当ある。余が令名ある英国代表の言に賛成しながら、尚報告書に於けるこの本質が、我々をして報告書を全部一体としては受諾出来難いものとしているのだということを、附言せねばならぬ所以が茲にある。
 日本は聯盟規約、巴里條約、九ヶ国條約等々を犯したものであるとは各代表に依って屡々言われたところであるが、此點に就ては余は繰り返し斯く断言するに憚らない。即ち日本は絶対に之等條約違反の罪を犯していないとあく迄主張するものである。
 我々日本人は、所謂小国と言わるゝ諸国の抱かれる危惧に就ては充分理解しているつもりである。我々は滿洲に於ける日本の行動は、決して斯かる危惧を実証するものではないとの建前を執るものである。だが、此點に就てはもう之以上|くどく《傍点》申上げることは止そう。
 要するに、余は各演説者、特に所謂小国の代表諸君の述べられた諸原則なるものには同意を表するに吝かでない。強いて申せば唯一つの意見の相違は、日本の行動は之等の諸原則に悖るものだとは我々は決して信じていないという點である。
 ジョン・サイモン、ポール・ボンクール両氏其他の諸君は、問題の複雑性を指摘し、現実の事態を、充分考慮すべきを力説された。その點は我々之以上強調する必要はないだろう。又伊多利代表は規約の適用に当って充分伸縮性を考慮に入るべきことを説かれたが、之にも余は全然同感だ。若し我々が此特別な點に留意を怠るならば、

 聯盟の下す何等かの結論から生じる影響は、元来要求されているものと全く反対の、或いは聯盟固有の精神に全然反する産物を齎らさぬとも限らないと、余は信ずるのである。

 余をして事実を率直に言わしむるならば、それが完全であることは我々すべての願望であるとはいえ、聯盟は今日の状態を以てしては完全の域よりは未だ遙かに遠いとしなければならぬ。
 日本はヴェルサイユ会議に於て国際聯盟参加を決定した際、その唯一の主唱者とは言えないまでも、主唱者中の一人だった米国も当然聯盟に参加するものと信じていた。然るに周知の如く米国はその独自の理由から加盟を拒絶した。|あからさま《傍点》に言うならば、米国が聯盟不参加を決定した際、日本自身の狭義の利益から言えば、日本も亦聯盟参加の要なしと決定した筈である。斯く太平洋の彼岸の大国米国は聯盟外にあり、ソヴィエット・ロシア亦聯盟外に在る。我々の扉の開かれる方に当って支那が、而もその現在怖ろしい状態に置かれた厖大な国があるのだ。考えて見て頂きたい。若し諸君が日本だったら、斯かる四囲の情勢の中でどうしようとなさるか?
 見らるゝ通り日本政府は聯盟に参加するという決断を変更しなかった。何故か? 唯ひたすら聯盟に対し、世界平和に対し、多少なりとも貢献し得んかの熱意に他ならぬ。今、余は白状せねばならないが、

 実は日本には今、聯盟が日本の立場を充分理解していないことを憤慨し、愛想を尽かしている多数の真剣な人々が居って、聯盟脱退論を唱えて居る。──最初から加盟したのが誤って居るというのだ。

 このジュネーブに於て現に進行しつゝある事態のお蔭で、諸君が日本国内に斯かる論者を生ぜしめたのだ。とはいえ余が度々申上げているように、我が日本国民の大多数は今日尚聯盟の味方である。是迄忠実に留まって来た如く、尚忠実に聯盟に留まろうとしているのだ。
 この點を別な角度から説明しよう。今日、日本は重大な危機に遭遇して居る。支那代表が如何に保証しようと、その反対に支那の現状は益々悪化しつゝある。一言にして言えば日本は今日、東亜全体に通ずる驚異に直面している。

 而も極東を救う為に腕一本で闘って居るのだ。

 ──極東に戦端を醸さんとしてでは断じてない。否反対に平和の為にである。而も我々は、ソヴィエット・ロシアを聯盟外に放置したまゝ、此の状勢に直面して居るわけである。

 今、この冷静な事実を前にして、紳士諸君、ソヴィエット・ロシアも、米国も聯盟に属せず、又聯盟は今日完全したものでないという現実に立って、日本が聯盟規約に何等伸縮性を帯ばしめずして、之に裁かれることは絶対に不可であると諸君の前に言明することは、極めて常識的な判り切った話ではないだろうか?

 ある代表は国家主義と国際主義の問題に言及して居られた。彼は欧羅巴のある国民は高級だが、之に比して日本人は低級であるかの如き言を為した。余は日本に関してにせよ、その他の列強に関してにせよ、斯かる批評は全然与することが出来ない。我々日本人は何等矛盾の惧れなしに、斯く言い得ると思う──日本は過去に於て、全世界とは言わぬが少くとも極東にあって国際主義に貢献して来た。而も之が直接とは言えぬまでも、間接に世界平和に貢献して来たと思う。我々は、真の国際主義は唯健全な国家主義を通じてのみ成し遂げらるゝものであると確信する。我々は然く信じて居る。それ故に論者が若し斯かる同じ信念の下に日本を批判せんとするのであったら、余は甘んじてその批判を受けよう。
 次に、二三の演説者は聯盟を以て彼等国家存立の生命線なりと申された。この言葉は元来各個の国家の固有権益の高唱の為に言われたものと考えられる。日本では、我々は、事滿洲に関して言う場合に同様な見解を懐くものである。この観念は、第一には我々固有の権益に依拠し、第ニには余が従来屡々申述べたところの日本の一大政策──即ち、東亜に於ける安寧秩序の維持に基づくものである。何といっても日本独自の権益を主張する立場から、滿洲は日本の生命線なのである。余は之等の演説者が『生命線』なる言葉に関して盛った意味を必ずしも明確に知るを要しない。然し乍ら余は敢て言う、之等の諸君が国際聯盟を以て彼等の生命線なりと言う場合、元来彼等夫々の国の固有の利害から言って居るということを否定せぬだろう。而も此言葉は我々日本人をしてその立場を語り、日本固有の権益に基いて議論を進めるに当って、最も適切なものと考えるのである。
 余は滿洲國に就て数言を費やし度い。余が既に屡々指摘せる如く、滿洲國の状況は着々改善せられ、今日支那本土の現状に比して遙かに良好な状態に在る。その行政は向上の一路を辿り、その財政は鞏固を加えつゝある。最も重大な通貨問題にしても、今や何等の不安も存せぬに至っている。滿洲國の健全なる発達は窮極に於て、聯盟の依って以て立つ所の崇高な目的への到達に貢献するものであって、それが、我々の根本精神である。
 滿洲國にして一朝充分に開発せられんか、必ずや極東平和の礎石となるであろう。──これこそ我々の信念である。若し諸君が滿洲國に就て、之以上詳細に知り度いならば、滿洲國に関係深い三人の紳士が、幸いに今このジュネーヴに滞在されて居ることを御紹介したい。即ち一人は滿洲國執政の私的代表丁士源将軍で、一人は同国外交部顧問にして極東問題に関する一権威として識らるゝヂョージ・ブロンソン・リー君、今一人は元の支那税関の総税務司だったアーサー・H・エドワーヅ君である。同君は今は滿洲國政府の顧問たることを承諾せられた。滿洲國では、同君が支那に於ける唯一の誇るべき施設たる税関(それはもとロバート・ハート卿に依って建設されたのであるが)に最近まで総税務司だった點から、その関税行政に於ける豊富な知識経験を活用して貰うべく、同君を招聘したものである。
 さて余は、或方面で懐いている上海並に滿洲に於ける日本の行動を以て日本の軍国主義者等の仕事だとなす見解に就て一言しよう。それは全然嘘である。それは全然根拠のない独断的言説が屡々繰り返されたところから、自然、人の口の端に上って来た誣言に過ぎない。

 日本の滿洲に於て行動を開始するや、全日本国民が挙って蹶起し、之を支持しているではないか。

 余は日本に於て一の政党に属して居る。而して我々日本の政治家も諸君と同様、政党間の政争に従って居る。然るに一度滿洲に於て事件勃発するや、我々は政党間の差別を葬った。凡ゆる階級、凡ゆる思想意見の系統に立つ国民が、すべてその色彩の差異を超越し、軍隊が為すところ、恰も国民全体が為すところとして之を一致支持した。上海に於ける軍事行動に就ても同様なことが言い得る。
 茲に於て余は、若しそこに正しい道理が無かったならば、斯くも全国民を挙げて軍部の行動に一致する筈がないことを特に申上げて置きたい。全国を通じて一人の異議ある叫びを聞かなかった。純日本民族六千五百万が、一つとなって蹶起したのである。諸君は之を以て日本国民がすべて発狂したとでも想像するだろうか? 六千五百万の国民を一斉に発狂せしむることは如何に困難か、而も日本代表部は此処では未だ発狂して居るのだと諸君から見られて居ない、と確信するものである。其処には極めて重大な理由が存するに違ないことは常識からもお判りであろう。我々をして発狂したのだと為さない限り、諸君は少くとも、六千五百万の国民が一つとなって軍部の行動を支持する為には、そこには何等か正しい道理が存在しなければならないような気がしないだろうか? その道理とは至って平凡且つ単純な道理だ。我が国民はすべて滿洲に関する問題は、日本そのものゝ存在と不可分の問題として考えている。否、実に日本にとって生死の問題と考えるのだ。
 余は茲で、よしそれが多少諸君を刺激することゝなっても、

 敢て言明せざるを得ない。それは、昨年秋並に本年春のジュネーヴに於て頗る無責任な、人を誤らしむる叫びが揚げられ、我が国民を威嚇した結果、国民の一部では、聯盟規約に基づく最も苛酷なる制裁──即ち所謂経済封鎖をさえ受くることを覚悟するに至った。

 必要ならば、之に直面することも辞せずと決心したのだ。而も、実に諸君、この経済封鎖を以てしても、我々に於て何等の脅威をも意味しないのだ。かく言えば支那代表諸君の如きは、余が余の演説を、特に語調を強めたり、抑揚をつけたりすれば(これは余の持ち前だが)得たりとばかりに、之こそ威嚇だと騒ぎ出すかも知れぬが、そんなことに構っていられぬ。

 ──余は敢て言うのだ。今日尚我が国民には制裁何時にても御座んなれの覚悟が出来ているのですぞ!

 それは何故か? 日本はそれが『今か、然らずんば永久』の問題であると信じて居るからだ。日本は断じて威嚇の前に屈服するものではない。日本は断じて制裁の下に屈従するものではない。日本は平気で制裁を迎えるつもりだ。何故なら、正しくとも、正しくなかろうともそれは、

 『今か、然らずんば永久』

 と信ずるからだ。而も日本は正しいと飽く迄信ずるのだ!
 余は茲に支那代表諸君の述べられた反対、非難の如何に関せず、我が帝国の目的とするところは常に平和に在ったということを諸君に信じて頂く為には、過去半世紀に於る極東の歴史を挙げる必要がある。以下二三の事件を挙ぐれば、先ず英国並に仏国との戦争は一八四○年代に始められた。太平暴動は一八五○年に起って十四年間続いた。日清戦争は朝鮮を中心にし一八九四─九五年に行われた。この最後の日清戦争の原因は、支那側で朝鮮の宗主権を僣称したに在った。元来朝鮮は地形上、極東の地図を御覧になれば判る通り、日本の心臓部に向って槍の如く突進して居る半島である。
 支那は天津條約に依って朝鮮に宗主権を有することを主張しないことを約した。にも拘らず支那は之を忠実に守らずして條約を犯すに至った。朝鮮に於ける勢力を更に伸ばさんとし始めたのである。このことが日清戦争を齎した。次で支那分割運動が起り始め、北清事変の暴動が始まった。それから後は支那分割の危険は時と共に愈々加わって行った。支那は一度ならずあわや分割されんとする場合に立到った。北清事変に際し、北京討伐の聯合軍に日本が参加したお蔭で、各国の公使やその妻子達が殺戮を免がれたのだという事は、余が茲に事新らしく申す迄もあるまい。日本があの際各国の聯合軍に参加することを拒絶し、その結果、北京の公使や家族達が惨殺されたと想像して見給え、次いで起るべき全世界の憤怒、そして極東の事態は如何なって居ただろうか、今日の支那国家の存在など既に消失していたのではなかろうか? その後数年にして日露戦争が勃発した。この戦争の最大の原因は露支密約であった。我々は之を華府会議で初めて知って愕然とした次第である。今では誰でも知って居るが、当時彼等は之を極めて巧妙に日本の前に秘していたので我々はこの日本を敵とした密約を少しも知らなかった。この密約で露国は滿洲の南端にその勢力の捌け口を見出すべく、凡ゆる便宜を与えられて居たのであった。余は再び慄然たらざるを得ない。若し日本があの際露国と戦う勇気と力とを持って居なかったとしたら、今日そこには滿洲は失くなっていたに違いない、恐らくは支那すらも亡びていたかも知れない。
 支那の領土保全其他に関するジョン・ヘイの文書がよく挙げられる。我々はこの米国政府の国務長官の覚書に対しては深く敬意を払うものであるが、然し極東の現状と列強の最近の空気とを深く観察するならば、この覚書の記された一枚の紙片だけのお蔭で、支那が今日辛くも存在を続けて居るのだと考えられぬだろうか。勿論この文書の背後には権力が存在するからでもあろう。而もそれは誰の権力であろうか? 最も当にされるのは取りも直さず日本の権力と実力ではないか。その故に我々日本人は、率直に言って、我々の友人支那国民から、米国同様、充分感謝されていゝ筈であろう。支那を分割の憂き目から救った點と、更に下っては現在此処にお偉い方々を代表として派遣しているところの中華民国を救って上げたことに対してである。
 さて、又他の問題に移ろう。論を進むる為に、日本が調査団の報告書に示された提議の諸項を受諾したと仮定しよう。例えば提議の如く滿洲に於ける軍隊を撤退し、かの広漠たる地域を警備するに国際憲兵隊を以てするとせよ。率直に言えば、独逸と仏蘭西とを合せた程の大きさの中に、匪賊や不逞漢の跳梁するこの国を、特別憲兵隊を設置するだけで治安を維持せしめようというお考えは、我々にとっては聊か荒唐無稽の感がある。それは簡単に出来るものではない。そんな計画は嘗て一度、確か土耳古で試みられた。土耳古の如き土地でさえも之は失敗に終ったではないか。況んや滿洲に於ては到底行い得べくもない。だが、我々が斯かる結論に走る前に、日本が斯かる提議を受諾する場合には、どんなことが予想されねばならぬかに就て一言しよう。先ず第一に、何国の軍隊を其処に置くかを諸君は決めねばならない。仮に我々が支那の主権を滿洲に認めるの案に賛成するとしよう。然らば滿洲の秩序回復と治安維持には幾何かの軍隊が必要であるから、我が親愛なる支那の友人達は、事態拾収の為に早速自分の軍隊を復帰させることを主張するであろう。若しそうしたら次に何が起るであろうか? それにその軍隊は張学良の軍隊を以てするか、それとも南京国民政府軍を以てするか? 先ずそこから決めて行かねばなるまい。仮にそれが正当だと考えられるにしても、調査団報告書は原状回復は絶対不可能なりと明かに断じて居る。このことは張学良将軍が滿洲に帰還することは不可であるとの結論とはならないか? 余は然りか否かを明かにしないが、一般常識で判断せば斯かる結論に達すると思う。
 そこで張学良将軍がその軍隊を滿洲に復帰させないとすれば、国民政府が軍隊を送ることとなるわけだが、それは果して為し得られるだろうか? 彼等両派の中何れかが滿洲に繰り出し得るに至る迄には、必ずや両派の間に問題が惹起し、而も抗争を生むに至り、少なくとも二三年間は内乱を続けるに至るであろうことを余は危惧するものである。
 その間、滿洲を如何して置くというのか? 諸君は彼等軍閥が、彼等自身の間の争闘を何れかに片付ける迄、滿洲の民衆に対して穏しくして居れと、ジュネーヴから勧告を発しようとしているのであるか。而て彼等がともかく彼等の間の勢力争いを片付けた上で、支那軍隊を送り込んだとしても、それは必ずや更に他の難局を生み、現在我々の当面して居るよりも悪化した事態を醸すに至るとしか考えられないのである。茲に於てか、余は報告書が第九章のところで、九つの原則を列挙した後、初めて第十の原則に至っていることに特に諸君の御注意を乞いたい。つまり、此の第十の原則は支那に一の鞏固なる中央政府の出現なくしては、上に掲げた九つの諸原則は到底遂行不可能であることを叙べて居るのだ。では支那に一個鞏固なる中央政府の出現を、諸君の期待して居る如く、明日にもすぐ出来るか、といえば断じて出来まい。然らば一年以内にか? 否。ニ年以内にか? 否。
 余は支那問題の研究を生涯の仕事として来た。隨って余は支那問題に関しては相当の認識を有するつもりである。余は茲に断言しよう。支那は、(余も亦東洋人として悲しく思うが)

 今後十年間は、恐らくは二十年にも、否、或いは我々の時代中には、統一は不可能である。一の鞏固なる中央政府を樹立することは不可能である。

 之が今日の事態に於る支那の立場の動向であるのだ。我々は国際聯盟の此基本的諸原則の適用に進む前に、之等現実の状勢に深い考察を払わねばならぬ。我々日本人は、之等の諸原則に決して反対するものではない。だが、我々は諸君に、先ず事態の現実を直視せよと叫ぶものである。此點に於て多くの代表諸君が我々の議論に同意せられて居る事は余の欣快に堪えない所である。
 簡単に言えば、由来日本人の心臓は恫喝や不当な批評の前には鉄石である。然しその反面、親切、理解、同情からの行為の前には至って|もろく《傍点》出来ている。このことは日本とソヴィエット・ロシアとの関係を見るもお判りになろう。つい半年前迄は、両国間の不侵略條約締結を敢て口にする者は、個人にしろ、新聞界にしろ日本人には一人も居なかった。然し今日では如何か? 我々は果して|没分曉漢《わからずや》であろうか。我々は果して正理に対し頑迷で、親切に対し鈍感であろうか。余が東京を発つ時、日本の大新聞の一つがこの不侵略條約問題に重大な考慮を払うべきことを国民に訴えているのを見た。更に余がジュネーヴに到着して後数日ならずして、日本の全新聞界がこの問題を採上げ、好意を以て評論するに至って居た──日本の民意のこの素晴らしい変化、これは如何いう訳か? 答は簡単である。──ソヴィエット・ロシアが滿洲問題を理解するに至ったからだ。ロシアは滿洲に於ける我々の立場、我々の行動を理解し、滿洲の事態に容喙することを差控えるに至った。のみならず、最近のソヴィエット・ロシアは、滿洲里その他の滿洲國国境に於ける日本人が、張学良の尻押しで滿洲國に反抗していた支那将領に依って、監禁の憂目に遭わされていたのを、救出する為に最善の便宜を尽して呉れている。この親善行為が日本の心を打つのだ。ソヴィエット・ロシアに対する国民的感情の大きな而も急激な変化は其処から来ている。
 半年前までは、日本国民の意をロシアとの不侵略條約にまで向けしむる望みは全然無いかに観られていたのだ。然るに今は、余はこの壇上から|はっきり《傍点》その頗る有望であることを言い得るに至ったのである。この事から、国際聯盟は有益なヒントを得られないだろうか?

 諸君が、支那国民に対して第三者の援助の手が差伸べられるであろうなどという、誤れる期待を固執せらるゝ限りは、我々はその間中、極東に真の平和を持つことが出来ないのだ。

 ソヴィエット・ロシアは、滿洲問題に関する日本の動きを理解している上に、尚その事を諒解して居るのである。
 帝政ロシアの時、我々は彼と長い間滿洲の野に戦った。この事実はこの聯盟と雖も否定し得ないところである。だが、今は、ソヴィエット・ロシアに感謝する。我々には戦争の惧れが無いばかりでなく、理解と平和に近づきつゝある好もしい期待があるではないか。ソヴィエット・ロシアと日本との間に、極東に建設せられんとする平和に対し、国際聯盟は賛成するか? それとも反対するか? それは諸君の裁断を待つ問題であろう。
 余がこれまで屡々指摘した如く、聯盟は滿洲問題に関して平和の素因を作らしむべく警告的助力を与えて来た。今一つは列強をしてこの問題に関与する事を阻止する為の助力を与えて来た。極東平和の建設に対する聯盟の貢献は相当大なるものがあろう。諸君周知の如く、列強は常に極東に於て紛議を起して来た。支那の政治家達は、列強を喧嘩させることに妙を得て居る。今日、聯盟が存在し、その活動あるが故に、列強が関与することを阻止されているので此點一大貢献と言わねばならぬ。
 だが、列強の関与を防止し、極東平和の建設に大いに尽して来たこの聯盟が、日本に楯を突くところの支那に与するが如く見られると言えば、余はあまりに率直に言い過ぎるであろうか。これが聯盟の意志であるとは余は少しも信ずるものでない。然し、ちょいちょい斯かる傾向が見える。誰が非難せらるべきであるかを余は知らないが、少なくとも支那人は、聯盟は日本に反対し支那に味方して居るのだということを、内外に宣伝していた。この事が支那をして日本と直接交渉を開始することを拒絶するの態度を続けしむる力となった。余は支那には尚日本との直接交渉開始を切望している多くの支那人のあることを、直接個人的に熟知して居る。然し、今は余は、彼等が軽率無分別な学生などに依って襲撃されたり、暗殺されたりする危険を慮って、茲に名前を挙げることを差控えておく。
 申す迄もなく、聯盟の目的は平和にある。列強、即ち米国にしても、英仏其他にしても目的は同様平和にある。日本の目的も亦、種々な逆宣伝あるに拘らず実に平和にある。我々の目的の相互間に差異あるとは思えぬ。唯その手段に関して多少の差別ありと為すものである。我々は現に我が国家にとって死ぬか生きるかの重大問題と取組み合っている。同時に我々は極東に於る安寧秩序の回復という重大問題と取組み合っている。代表諸君でさえ曩に賞讃せられた其歴史に見るも、日本人は極東に就て充分の認識を有し、自分達が現に極東に於て執りつゝある行動、並びに其相手に就て最もよく熟知して居るものであると申上げても、敢て常識外れの言ではあるまい。
 ヨーロッパやアメリカの或る人々は、世界の輿論は日本に反対している、日本は世界の輿論を無視するものだと唱えている。果してそうであろうか? 我々はヨーロッパやアメリカの各地から多くの手紙、時には電報をさえ寄越されている。それらはすべて我々の立場、我々の議論を諒解し、我々の現在の態度を固守するよう激励してくれている。而も斯ういう人々は愈々殖えつゝある。事態は世界各地に次第に理解されて来ている。

 たとえ世界の輿論が、或人々の断言するように、日本に絶対反対であったとしても、其世界の輿論たるや、永久に固執されて変化しないものであると諸君は確信出来ようか? 人類は嘗て二千年前、ナザレのイエスを十字架に懸けた。而も今日如何であるか? 諸君は所謂世の輿論とせらるゝものが誤っていないとは、果たして保証出来ようか? 我々日本人は現に試練に遭遇しつゝあるのを覚悟している。ヨーロッパやアメリカのある人々は今、二十世紀に於ける日本を十字架に懸けんと欲して居るではないか。諸君! 日本は将に十字架に懸けられんとして居るのだ。然し我々は信ずる。確く確く信ずる。僅に数年ならずして、世界の輿論は変わるであろう。而してナザレのイエスが遂に理解された如く、我々も亦世界に依って理解されるであろうと。

 最後に、今一つ申上げて置きたい。今ニ三分で終えますから。余は極東の現状の概観に関し今一度数語を費やさせて貰いたい。外蒙古は御承知の通り、大分昔支那の範囲から脱した。ところが今日は事実上ソヴィエット・ロシアの一部となっている。又余は今日では西蔵を支那の地図の何処にも見出だすことが出来ない。トルキスタンは今では、南京なる所謂国民政府とは殆んど何等関係もない。而も我々はソヴィエット政権が支那本土の真唯中に樹立されているのを見る。そのソヴィエット制度の影響下にある地域は日本本国の約六倍の大きさに及んでいる。余は此処に一の問答を以て問題へ進もう。『ソヴィエット化の動きは現在の範囲に停って居り得るであろうか? 何故その運動はもっと迅速に拡がって行かないのか?』答えは即ち『日本が居るからだ』少なくともソヴィエット・ロシアは日本を認めて居る。国際聯盟に依り、その他の組織に依り、或いは又列強に依って、一朝日本の地位にして弱められんか、疑いもなくソヴィエット政権の力は瞬刻の間に揚子江の河口にまで達してしまうだろう。
 例えば日本にして、排斥された揚句、支那本土に近づかず、支那の状態が如何に発展して行こうと全然傍観するのみとしようか、其場合も亦ソヴィエット主義が急激に拡げられ、瞬刻の間に支那の大部分を蔽うに至らんこと火を見るよりも明かである。我支那の友人諸君が如何に此言に反対しようと、余は斯く信じて疑わない。それのみならず、若し我々がソヴィエット・ロシアと支那に起る事態に超然主義を執ろうという約束でも結んだとしたら、果して其処に何が来るか?
 国際聯盟の目的が真に世界平和に在るとせば──余は勿論然かく信ずるものであるが──而も極東の平和が世界平和の一部であるとせば、諸君はその何れを選ばんとするのであるか? 諸君は今日、全東亜の怖るべき現状の真唯中にあって唯一の希望である日本を弱めんとする途を選ぶのか、それは直ちに以て極東を一層の混乱に陥らしむるばかりであろう。乃至は又日本の立場を力づけてくれるようとする途を選ぶか? それは必ずや極東に平和と秩序とを再建し得るの曙光を齎すであろう。諸君! この両途の何れを執るかの答は一に諸君の手に握られている。
 御傾聴を賜わった諸君の御好意に対し茲に感謝するものである。





出典
大日本雄弁会講談社刊『松岡全権大演説集』


 笑っている君だよ、近い将来沖縄、日本本土、台湾すべてシナの地図に塗り替えられるのではないか、本来ならばお付き合などしたくない、世界中で稀に見る破廉恥、破落戸国家シナ、ロシア、北朝鮮、韓国が我々の周りにはいる、大人の対応では済まされないのだ、ゴロツキにはゴロツキの対応をしなければ潰されるのは我々だ、アジア諸国は日本の対応を見ていることを絶対忘れてはいけない。

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